海路だと鹿児島で一泊しなくてはならないようだったので、少々…いや割と財布には打撃でしたが、空路を選択。
飛行機だと、奄美大島で乗り継ぎです。ただでさえ飛行機に乗った経験も乏しいのに、初の乗り継ぎということでドキドキしっぱなしでした。
飛行機は沖縄本島の上空を北上したのですが、なんと飛行機から久高島と津堅島が綺麗に見えて感動しました。
この2つの島は個人的に思い出のある島なので、この2島を上空から見られたということだけでも非常に満足しました(早い)。
しかし、本当のメインはこれから待ち受けているわけです。奄美大島の空港に到着。ここで次の飛行機まで3〜4時間ほど時間を潰します。
とりあえず空港で絵ハガキを購入し、友人と自分へ暑中見舞いを送ることにしました。
しかし時間はかなり余っています。何処か行こうかと案内板を見ると、田中一村記念美術館が近いじゃないですか!
そうだった、奄美といえば田中一村だった!!
というわけで、空港から2.2qほど離れた田中一村記念美術館へ徒歩で向かうことに。だって、学生時代にマラソン大会などで3q走らされたんだよ。これくらい歩けるって!
…という考えが甘かった。
暑い。とにかく暑い。影なんて無いでやんの。おかしい…台風発生してたはずなのにな?
一体、何代の車に追い越されたことか…。なんとか奄美パークへ到着しました。パーク内では写真を撮っていないのですが、なかなか良い施設でしたね。一村の日本画も堪能しましたし、奄美パーク内の資料館の展示方法も良かったです。しかし、自然系資料の展示方法など、宮古の博物館と似ているような気がしました。流行りだったのかな?
パーク内で遅い昼食をとり、帰りはバスを使おうと思ったら、飛行機ギリギリの時間にしか来ない気配。結果的に十分間に合ったのですが、非常に焦りました。だって初めての乗りつぎなんだよ〜(TT)。余談ですが、バスを使うと空港まで10分もかかりませんでした。私、行きは40分も歩いたのに。やるせない。バスに乗るのは、楽をするためじゃなくて時間を買っているんだと実感。
喜界島へは飛行機で10分ほどで到着します。近いね。
んで、到着。
<喜界島編〜思い出すまま〜>
伊波普猷の「鬼界雑記」では、
「鬼界島といえばすぐ俊寛を連想するが、俊寛が流された沖つ小島が硫黄島であって、今の喜界島でない事は、つとに歴史家のとなえるとこである。書紀時代に多禰・掖玖が南島の総称であったように、源平時代には鬼界が南島特に薩摩に近い方の島々の総称であったらしい」[伊波 1973:212]
とあります。しかし、俊寛の墓が喜界島にあるのか硫黄島にあるのかはさておき、南島の島々の総称だったというのはすごいですね。
(大和)相撲の土俵だ! と思って撮りました。沖縄本島にいると土俵はほとんど見ないですね。私は伊江島と伊平屋島で見ただけですね。
初めてゴマの穂(さや?)を見ました! この中にゴマがいっぱい入ってるようです。
しかし、何より衝撃を受けたのは…
これ、なんだと思いますか。この、飛びだしてるやつ。ちょっとアップしてみましょう↓。
実はこれ、リュウゼツランの花なんですよ! 噂には聞いていましたが、実物を見るのは初めてだぜ!
確か…喜界町の町の花がリュウゼツランらしく、いたるところに生えてました(もちろん、植えたんだと思いますよ)。
ピックアップしてお届けすると、こんな感じの旅行でした。いやあ、今回は個人的にぐっとくるものばかりが見られて、本当に良かったですよ! また喜界島行きたいですね。今度は石垣とかを見るような、まともな観光しに(笑)。まあ、懐がものすごく寂しくなるので、しばらくは行かないと思いますが…。





