2008年04月25日

毅然として

首を毅然と挙げて生きることは私の習性です。
わたしの心もなかなか不屈で強靭です。
王さまが私の顔を見つめられるときでも
私は俯目にはならないでしょう。


――ハインリッヒ=ハイネ 「わが母上に」



 ハイネの詩集にあった言葉です。これ以上の強さはないと思う。

 「習性」を辞書でひくと

@習慣によってつくられた性質。くせ。ならい。
A動物のそれぞれの種に一般的に認められる行動様式。

とあります。
 つまり、(おそらく生まれてから)これまで首を毅然と挙げて生きてきたからそれが習性になったということ。
 誇り高さや強さは、何度打ちのめされても立ち上がるという習慣によってつくりあげられていくものなんですね。

「首を毅然と挙げて生きることは私の習性です」


 いつか、そう言い切れるようになりたいものです。
posted by チネン楸 at 14:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 名言録みたいな | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

片付け

部屋にある本棚の片付けが終わりません(>_<)
むしろ、入りきらない…どうしよう?

この●ヌーピーの笑顔が、なんか片付けが終わらないのを嘲笑っているようでムカツク!

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posted by チネン楸 at 18:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月09日

過去と現在

「目の前に老人がいたとして、その方に何も聞くことはないのか、ということですよ」


私の尊敬する講師が、講義を終えたあとの雑談でおっしゃった言葉。

 歴史学の意義や重要性といったものに悩んでいた私が「過去だけを研究することに意味があると思いますか」と問いかけたのに対して、講師が答えたのが上記の言葉だった。

その老人を、ただの歳だけをとったくだらないものだと思うのか」とも。

 歴史を学ぶ(あるいは研究する)姿勢とはどういうものか、端的に表した言葉だと思う。
 私が携わっている学問は文献史学ではないけれども、歴史にかかわる学問なので。過去と現在をどう切り結ぶか、どう繋げてみるのか、ということが重要なのだろう。ただ時間が流れているというだけでは、過去と現在は接合しえないのではないかと思う。
posted by チネン楸 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 名言録みたいな | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月06日

餌付け

どうも、口内炎が治ってきて嬉しいチネンです。
3日にたこ焼きを食べる予定があるので、それまでに治したかったんだよねー。


さて、今日から4月です。新年度ですよ。
でも、今日の日記はそれとは関係ありません。バイト先での話です。
実は、私のバイト先の近所には野良猫が多いんですね。
スーパーがあるので、ゴミなどを狙っているのかもしれません。
で、この猫が夕方になると餌をねだりに来るんです。
子猫と母猫だと思うんですが、茶色の猫が2匹(もう1匹子猫がいたように思うけど…もう亡くなったのかも)。これが可愛い!
どうやら支配人が餌付けしているようで、店を閉める頃には事務所の中に入ってきて鳴くんですよ。

あー、可愛い。

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事務所に入る猫

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ドッグフードを猫にあげる支配人



という文章?を携帯で書いていたんですが、更新したつもりで、そのまま放置になってました(^_^;)
最近は、猫達は私にも慣れてきてあまり逃げなくなったのが嬉しい。
そして、支配人のあげている餌。私、ドッグフードだと思ってたけど、こっそり確認してみたら、ちゃんとキャットフードだった!
しかも、社長も猫に餌をあげてた。

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posted by チネン楸 at 15:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする